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高松高等裁判所 昭和24年(控)571号 判決

被告人

須賀達夫

主文

原判決を破棄する。

被告人に対し本件につき刑を免除する。

理由

弁護人河西善太郞、同宇和川浜藏の控訴趣意は第一点原判決には重要な点に事実の誤認がある。友近泰典に対する窃盜被告事件の第二回公判調書中被告人が宣誓の上でした証言の内容を見ると被告人は友近の行動を明確に憶えていないと供述したに止まり、原審認定のように友近の関係を全面的に否認否定したものでない。原審は被告人の右証言の趣旨を誤解し友近の共犯関係を否定したものと速断したものである。仮りに被告人の証言が友近の犯行を朦朧とさせる虞があるとしても、友近の犯行を知らなかつたと証言したものではないから、原判決は被告人の供述以上にその内容を認定した誤認である。同第二点仮りに被告人が原判示のような虚僞の証言をしたとしても、長野惟行の依賴且つ強迫によりこれをしなければならなかつたもので被告人の任意の供述でないから僞証罪の責任はない。原判決理由第二を見ると原審相被告人長野惟行が被告人に対し「友近泰典は君等と共に右窃盜に加入していないと有利な証言をしてくれ然らずば暴行を爲す旨使嗾し云々」と僞証敎唆の事実を認定している。又被告人及び右長野惟行の原審公判廷並びに檢察廳における各供述によるも、被告人が右長野の依賴と脅迫とにより已むなく不明瞭の証言をしたもので任意の証言でないことを知るに余りがある。同第三点原審が被告人に対し刑法第百七十條により刑の免除の言渡をしないで懲役二月の刑(実質上は二年二月)を言渡したのは刑の量定著しく不当である。(一)仮りに僞証罪が成立するとしても前敍の通り極めて軽微の僞証であり、且自由任意のものでない。(二)原審第一回公判調書及び被告人の檢察廳における供述書によれば被告人が右証言の翌日頃僞証の事実を自白したこと及び前記友近泰典の窃盜事件の判決が其の後相当日子を経て宣告せられたことが明らかであるから右自白は刑法第百七十條にいう自白に該当する。(三)被告人は窃盜罪で懲役二年四年間刑執行猶予の判決を受け謹愼中であり、これに実刑を科して執行猶予の恩典を衰わしめるのは余りにも惨酷の処置と言わねばならない。(四)本件前科事犯と同質の窃盜罪が惡質の犯罪ならば先の執行猶予を取消されても致し方がないが、全く罪質を異にする僞証罪で且つ犯情参酌すべきものがあり刑法第百七十條により刑の免除を言渡すに適切な事件である。以上の理由により原判決を破棄し、無罪又は刑の免除の判決を求めるといふのである。

弁護人米田正式の控訴趣意は第一点原判決は本件につき被告人を有罪と認めたがその証拠理由に不備がある。友近泰典に対する窃盜等被告事件の第二回公判調書中檢察官の被告人に対する問答を仔細に檢討すれば友近が共犯として窃盜に加功しておることは十分認定することができるのであつて、神聖な法廷で宣誓した上の供述とは言え、共犯者及びその近親者の目前での供述であるから幾分供述が不明瞭となることは人情上已むを得ないところである。即ち本件僞証を認むべき証拠がないから原審は無罪の判決をすべかりしものである。同第二点仮りに僞証罪を構成するとしても原判決は被告人に対する刑の量定が不当である。(一)本件僞証は程度が軽微であるのみならず、公判前長野惟行等より依賴をうけ且つ長野から脅迫までされたので、二十歳未満の被告人は良心に咎められ悩みながら末節の点につき眞実に反する供述をした樣子が看取できる。(二)從つて檢察官が刑事訴訟法第三百二十一條第一項第二号後段により昭和二十四年一月二十二日附聽取書を証拠として提出すれば、これと右証言と相俟ち裁判官の心証は十分とれるのであつて被告人を僞証罪として起訴する必要はない。原審檢察官の論告によれば、被告人を脅迫して事件僞証をさせた長野惟行は自分の被告事件についても相被告人を敎唆し自己の刑責を免れんとした事例があるので、同人を処断する必要上本件を起訴した事情が窺われる。(三)友近泰典は該被告事件につき執行猶予の恩典に浴している。被告人はさきに同人等との共犯窃盜で懲役二年四年間刑執行猶予の判決をうけているのであつて、本件で軽い懲役二月の量刑を受けても実質上二年二月の実刑に服さなければならない。僞証が如何に重大犯罪だとしても余りにも苛酷である。(四)被告人は九人の兄弟姉妹の長男で前記執行猶予の恩典に感激し、折角更生の途を歩んでをり、僞証罪の重大な犯罪であることを身をもつて体驗したので再犯の虞はなく、一般世人に対しても已に第一審の裁判で他戒の目的は十分達せられている。以上の情状酌量の上被告人に対し刑免除の判決を求めるというのである。

よつて先づ弁護人河西善太郞、同宇和川浜藏の控訴趣意第一、二点弁護人米田正式の同第一点について考えるに、原判示第一の事実はその挙げている証拠でこれを認めることができる。即ち被告人が判示の通り宣誓の上虚僞の証言をしたこと及び右供述が原審相被告人長野惟行の強制により機械的になされたものではないことが明らかであるから、原判決には所論のように理由不備、事実誤認の違法は存しない。論旨は何れも理由がない。次に弁護人河西善太郞、同宇和川浜藏の論旨第三点、弁護人米田正式の同第二点については、原判決の挙げている証拠及び被告人に対する適條によれば被告人が前示僞証の翌日頃その事実を自白し、その証言した事件の裁判がその後に爲されたことを認めることができる。即ち右自白が刑法第百七十條にいう自白に該ることが明らかである。記録を精査するに所論の情状は総てこれを認めるに足り且つ被告人に本件僞証を敎唆した相被告人長野惟行が懲役六月に処せられ当裁判所において已に決定によりその控訴が棄却せられて右刑が確定したことは当裁判所に職務上顯著である。上敍諸般の情状を綜合考慮すると僞証が現時刑事訴訟制度の下において特に重大視すべき犯罪であることは多言を要しないけれども、本件被告人に対し直ちに実刑を以てのぞむことは刑政の本義に照し相当でないと言わざるを得ない。本論旨は何れも理由があり原判決はこの点において破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三九七條第三八一條第四〇〇條に則り原判決を破棄し直ちに左の通り判決する。

原判決の確定した事実を法律に照すと被告人の判示所爲は刑法第百六十九條に当るところ、被告人はその証言した事件の裁判確定前自白したものであるから同法第百七十條を適用してその刑を免除すべきものとする。

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